古今洋歌集

…力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をも哀れと思はせ、男女の仲をも和げ、猛き士の心をも慰むるは、それ歌なり。
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島を買う(その2)
B000003MU6.01.MZZZZZZZB000005H5Y.01.MZZZZZZZ島の続き。ずばり「Island」をタイトルにした名曲を2つほど。1980年代にサンプリング技術を駆使し、斬新なサウンドを聴かせたArt of Noise(プロデューサー:トレヴァー・ホーン、メンバー:J.J.ジェックザリック、アン・ダドリーら)の「Island」は、アルバム4作目「Below the Waste」(1989年)に初収録。1990年に、YOUTHがリミックスした傑作盤「 Ambiet Collection」でも取上げらた。●2曲目は、ブラジル人ジャヴァン(Djavan)のアルバム「Seduzir」(1981年)に収められた「 Ilha」。イーリャは、ポルトガル語で島の意味。パティ・オースティンが同年のアルバム「Every Home Should Have One」でさっそくカバーしていた。

●カリブ「私島」のついでに、世界にある個人所有の島を調べてみた…
 
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カリブの島を買う
スティールドラムの音色で始まる「エブリ・カインダ・ピープル」。
グラミー賞2回受賞の大歌手で、2003年9月パリで亡くなった(まだ54歳だった)ロバート・パーマー最初の大ヒット曲(1978年全米チャート16位)。ソロ4作目のアルバム「Double Fun」( サンプル試聴)に収録されている。作詞作曲は元フリーのアンディ・フレイザー。歌詞

ロバート・パーマーは、1976年頃、バハマ諸島ニュープロヴィデンス島のナッソーに家族で移住。そこは、当時アイランドレーベルの社長だったクリス・ブラックウェル所有の敷地で、ほどなく同じ敷地内に録音スタジオ
「コンパス・ポイント・スタジオ」が設立された。

●ロンドンで録音すると税金が高くついたこともあり、コンパス・ポイント・スタジオは、ローリング・ストーンズ、スティング、U2、AC/DCなど多くのアーチストに使われた。この時期には、時代を超えた傑作としてサードワールド「華氏96度」(78年)、トーキング・ヘッズ「リメイン・イン・ライト」(80年)、 ロキシーミュージック「アヴァロン」(82年)などが残されている。いま聴いても古さを感じさせない。

●ブラックウェルは、その後、アイランドレコードを売却し、映画会社やホテル&リゾート会社の「アイランド・アウトポスト」を設立している。ブラックウェルは、バハマでコンパスポイントをリゾート地として開発したほか、カマラメ島(Kamalame Cay)およびHarbour Islandなる小島も買っている。ロバート・パーマーは、87年に治安が悪くなったとの理由でバハマを離れ、スイスのイタリア国境に近いルガーノ(ヘルマン・ヘッセが生涯を過ごした地)に移住した。postcard:1903年のルガーノ!(海外サイト)

★★「アイランド・アウトポストのリゾート」を観る
ハーバー島 http://islandoutpost.com/PinkSands/photos.htm
アイリッシュタウン(ジャマイカ)http://www.islandoutpost.com/StrawberryHill/index.htm


●カリブの島を買う(約730あるバハマ諸島の95%が無人島)のは、昔から欧米の金持ちのやることで、最近では俳優ジョニー・デップがLittle Halls Pondという島を4億ちょっとで買ったという。海賊の役をやったら、本当に島を手に入れたくなったのだろうか。

【今日のあれこれ】
●コンパスポイントスタジオはいまも…80年代の後半にプロデューサーの交通事故などでスタジオは寂れたが、改造し93年に再びオープンすると、セリーヌ・ディオン、マライア・キャリー、ブライアン・アダムスなどの録音に使われるようになった。1995年には吉田拓郎も録音した。

●島を買うには…専門の不動産屋を調べると、ヴラディ社(ドイツ)、売島専門サイトPraivate Island Onlineがあった。たくさんの島が「商品」として並べられているのが何だか妙だ。ニコラス・ケイジ、リチャード・ブランソンらも「島持ち」だとか。
浜辺のタフィ
「ソルトウォーター」は、ジュリアン・レノン (1963年生まれ)がヒットさせた名曲。1991年のアルバム「ヘルプ・ユアセルフ」に収録されていて、テーマは地球環境だ。⇒歌詞 ●この曲のオリジナルテープをジュリアンに持ち込んだマーク・スパイロ(Mark Spiro)は、長髪にサングラス姿が多い釣り好き男。耳に残る独特のメロディラインを書き、ややハスキーな声で歌う「遅れて来たAOR職人」であります。彼の「ソルトウォーター」自演ヴァージョンは「ケア・オブ・マイ・ソウル」(1994年盤)に収められている。現在までどれも出来の良い5枚のソロアルバムがあるが、大手レコード会社からは出さない(出せないのか?)男であります。

●「ソルトウォーター・タフィ」(Salt Water Taffy)といえば、 伝説のソフトロック・グループ。メンバーは男性3人女性2人。1968年に発表した唯一のアルバム「ファインダーズ・キーパーズ」が日本でCD化されている。Taffyは、アメリカの飴菓子のこと。軽くて甘くて10代の若者にも親しみやすい音楽をバブルガム・サウンドとかキャンディ・ポップと呼んだが「僕らは子供向けとはちょっと違うよ」という意味をグループ名に込めたのだろう。


【本日のあれこれ】
◆アメリカの飴菓子…ソルトウォーター・タフィを調べてみた。1885年頃に、ニュージャージー州アトランティックシティで初めて作られ、当時飛ぶように売れたキャンディの名前。以来、アトランティックシティの海の家で「お土産の定番」となってきたそうだ。もともとは、台風に襲われて商品が水びたしになった浜辺の家に、次の日やって来た女の子が袋入りキャンディを買う時に「潮水タフィをちょうだい」と言ったことに始まるとか。まあ伝説であります。●この本家を名乗っているのは、フレイリンジャー(Fralinger's)家。ドイツ移民で野球が大好きだったジョセフ氏は、この飴で一財産を築き、自分で経営していた球団の危機を脱したとか。飴のレシピは、コーンシロップと砂糖とバターに、塩をほんの少々。味付けはバニラやペパーミントやら何でもいい。自宅で作る場合は、いろんなアレンジがあるそうだ。しかし、旨いものなのだろうか?

★元祖ソルトウォーター・タフィの話
http://www.fralingers.com/his_swtstory.htm

★昔のアトランティック・シティの写真
www.princetonantiques.com/

◆水族館あれこれ…「ソルトウォーター・アクアリウム」は、人工海水での水槽で海の生物を飼育するもの。1853年(日本では黒船来航で大騒ぎだった年)、ロンドン動物園におめみえしたフィッシュハウス(海水水族館)が、世界初のソルトウォーター・アクアリウムであります。ちなみに、日本初の水族館は1882(明治15)年、上野動物園に併設されたもの。水槽を並べただけの観魚室で、通称「うをのぞき」といったとか。

★鳥羽水族館の定期刊行誌に連載の「荒俣宏の水族館夜話」、これは面白い!⇒バックナンバー












世界でいちばん有名な漁師
ウォーターボーイズ(the Waterboys)は、マイク・スコットなる男が率いるロックバンド。高校生がシンクロするドラマと同じ名だ。スコットランド出身のマイクは、ルー・リードの「the Kids」という曲の一節(アルバム「ベルリン」 収録)

  I am the Watar Boy,the real games's not over here
  But my heart is overflowlin' anyway


からバンド名をつけた。マイク以外のメンバーは一定せず、要はマイクのやりたいことを実現する音楽集団という体である。

マイクは、1986年初めにアイルランドへ移住。ダブリンやゴールウェイで地元ミュージシャンと交流するなか(こんなパブで旨いエールもたくさん飲んだはずだ)2年半をかけ録音したウオーターボーイス4枚目のアルバムに「Fisherman's Blues」は収められている。曲名こそブルースと名付けられているが、ボブ・ディラン「I Shall Be Released」にも一脈通ずる「我は自由なる魂を求めて止まぬ」という純な歌である。歌詞もご覧あれ。

●この曲はヒットチャートをにぎわせたわけではないが、1990年代後半になり、2本の映画で効果的に使われ、多くの人の知るところとなった。その映画とは、1997年のマット・デイモン、ベン・アフレック、ロビン・ウィリアムズ共演「グッドウィル・ハンティング」と、1998年のアイルランド映画で村の年寄り達が主人公になった「ウェイクアップ!ネッド」だった。

●ところで、「世界でいちばん有名な漁師」といえば、キューバのグレゴリオ・フエンテス翁ヘミングウェイ所有のクルーザー「ピラール号」で船長兼名コックを務めた漁師で、小説「老人と海」のモデルの一人として知られた。グレゴリオ翁は、2002年に104歳で大往生を遂げている。

★★「ピラール号」を観る
http://www.hemingwaysociety.org/justice/The%20Pilar%20-%202_files/The%20Pilar%20-%202.htm
★★「ヘミングウェイ」を旅する
http://www.palinstravels.co.uk/photogallery.php?offset=55&series=13

【本日のあれこれ】
●「漁師の歌」は…かのシューベルトにもある。ドイツ・リートだ。写真は、メゾ・ソプラノのカサロヴァ盤。

●ホンモノの漁師になる…「勤め人やめて漁師になるぞ」と考える人のための手引きサイト。その名も
「the 漁師」。これを見る限り、45歳までなら募集がある!

●1990年完成のドキュメンタリー映画「老人と海」は、与那国島でカジキ漁をする糸数老人(82歳)を撮ったジャン・ユンカーマン監督作品。
www.ryukyushimpo.co.jp/news01/2000/2000_07/000725eb.html

●高い技術と笑える演技…男子高校生がシンクロをする「ウォーターボーイズ」を実技指導したのは水の道化師トリトーネスなるグループだ。


QUIET VILLAGE  H.J.カイザーとワイキキ蛙
七夕。昔、笹葉につける短冊に「夏休みはハワイへ行きたい」と書いたっけ。ハワイを想ってマーティン・デニー の「クワイエット・ヴィレッジ」
を聴く。マーティン・デニー は1911年ニューヨーク生まれのピアノ弾き。作曲もアレンジもこなす。1950年代の中頃からホノルルに住んでジャズや南米音楽を絶妙にブレンドした音楽を演奏し続けた。「クワイエット・ヴィレッジ」は1959年、ビルボードでトップ4に入ったインストルメンタル曲。この曲が収録されたアルバム「Exotica」は、40万枚を売ってNo.1に輝いた。

●ヒットの裏には、もともとアメリカの大富豪ヘンリー J.カイザーが建てたワイキキのホテルHawaiian Village(現在はヒルトン系列だ)内の池にいたカエルの伝説がある。それは、こんな話。1950年代後半、1000の船を世界の海に浮かべたと言われる造船王のヘンリー J.カイザーは、ハワイ開発に乗り出しワイキキに豪華ホテルと人工浜辺を造成。その新しいHawaiian Villageホテルには、たくさんの貝の絵が飾られ、周囲を池と椰子の木で囲まれたShell Barなる屋外ホールがあったという。

●ある晩、Shell Barでマーティンのグループが「クワイエット・ヴィレッジ」を演奏すると、池の蛙が音楽に合わせるように鳴き始めた。変だな、と思って演奏を止めると蛙も鳴き止む。演奏を再開すると、また鳴く。すると今度は、メンバーの1人が鳥の鳴き真似(バードコール)をアドリブで始めた。この効果音入りが客に大人気で、次の日からはバンドの3人が鳥、リーダーのマーティンが蛙の鳴き真似をするアレンジが彼等の「十八番」になったという。1956年に録音された「クワイエット・ヴィレッジ」はヒットしなかったが、その後ステレオで再録されると、今度は見事大ヒットとなった。photo from "Honolulu Star-Bulletin"(海外サイト)

★★★マーティン翁(93歳)は、いまだ元気!
2004年7月30日「ハワイ・インターナショナル・ジャズ祭」にゲスト出演予定
http://www.hawaiijazz.com/

●1959年は、昭和34年。こんなことがあった。4月に皇太子ご成婚、7月にカストロらと共にキューバ革命を成功させた直後のチェ・ゲバラ が親善大使として来日(12日間滞在)した。11月には安保反対のデモ隊2万人が国会に突入した。アメリカ映画「南大平洋」が公開され、サントラ盤「バリハイ」がヒット。南国と言えば、ペギー葉山「南国土佐を後にして」もこの年に流行した。

【今日のあれこれ】
ヘンリー J.カイザーは、アメリカン・ドリームの具現者。Think Bigが信条で「ローマは1日にして成らず?それは、私がいなかったからだ」と言ったとか。飛行機好きの富豪ハワード・ヒューズに「史上最大の空飛ぶ船」建造という計画を第2次大戦中にもちかけ、超巨大な飛行艇「スプルース・グース」をなんと木製で完成させてしまった。

●ヒルトン・ハワイアンヴィレッジ前に広がる海の名は、「デューク・カハナモク・ビーチ」。ハワイ初のオリンピック金メダリストにして「サーフィンの父」のかっての家は、この辺りだったという。当時は自然の内海で、ここでデュークは8人の兄弟達と水泳やサーフィンを練習した。


★★★「スプルース・グース」の偉容を観る
(オレゴン州/Evergreen Air Venture Museum )
www.sprucegoose.org/aircraft_artifacts/exhibits.html

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