古今洋歌集

…力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をも哀れと思はせ、男女の仲をも和げ、猛き士の心をも慰むるは、それ歌なり。
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キューバ戦の応援計画

昨日は、日が韓を飲みこむ、とのコトダマを込め(笑)

日本酒 を飲み

マシソヨ〜 を食べた。

明日も、このコトダマオペレーションを続行し

日本産ラム で

ハバナ葉巻 だな。

泣いても笑っても、残すところ1試合。 日本よ松坂よ、「急場をしのげ」!

アンパイアに捧ぐ

WBC 日米対決、あのタッチアップ判定はいけませんな。
だいたい、国別対抗戦なのに、アメリカ人の主審じゃ、まずかろう。

で、アメリカ審判に、とりあえず2曲を贈る。

What a Shame / The Dynamics  いわずと知れた甘茶魂クラシックス

Shame Shame Shame / SHIRLEY&CO.
 1975のトップ10ヒット。この弐苦損の顔を、誰か審判(泥尾怒損)の顔に変えてやっとくれ


おまけの1曲。
リー・リトナーの妻
Congratulation  新記録達成!
シアトルに戻ったイチロー。観客の大きな声援を受け、ついに新記録を達成!

1回・第1打席:レフト前ヒット⇒257本タイ記録
「トップ・オブ・ザ・ワールド」
イチローが生まれた1973年のNo.1ヒットです



3回・第2打席:センター前ヒット⇒258本新記録
「コングラチュレーションズ」
「タイム・イズ・オン・マイ・サイド」のシングルB面です



6回・第4打席:ショート内野安打⇒259本
「セレブレーション」
大記録に祝福を!



イチロー勝手に応援歌シリーズ、とうとう最終章を迎えました。
私にとって、このブログを9日連続エントリしたのも新記録でした…。しかし、メジャー4年目で「球史に名を残す選手」になるとは。見事ですね。8回から長谷川がマウンドに上がったのも日本人にとっては嬉しかった。



【本日のイチロー全打席】
live.sports.yahoo.co.jp/sportsnavi/20041002.html
★★★イチローCOUNTDOWNサイト
www.major.jp/ichiro2/







Countdown(6)  パリでジャズコーラスを
レンジャーズ3戦目、粘って4打席目にレフト前ヒット!残り「6」となった。6は「Les Double Six (the Double Six of Paris)」。曲名じゃなく、グループ名ですね。クインシー・ジョーンズの編曲プロデュース。ジャズ有名曲の器楽パートを、歌声(フランス語歌詞)に全部置き換えたハーモニーで録音(1960年)。グループ詳細こちらで。いまは、20曲も入ったベストCD盤が買えます。コルトレーンの「ネイマ」なんてのも歌ってる。これはおススメ、巧いですよ〜。写真は、アメリカ市場向けにレイ・チャールズの曲だけを歌った(バックバンドつき)アルバム。こんなにソウル感覚のない「ヒット・ザ・ロード、ジャック」など初めて聴いたぞっ、というほどミスマッチですが妙な魅力を備えた仕上がりであります。



【今日のイチロー全打席】
sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/04season/players/ichiro/live/200409/ichiro040927.html


Countdown (9)(8) 夢幻境のヒット
テキサスでのレンジャーズ戦(アーリントン球場)、2安打しました!3回の1塁線内野安打(248本目)で残り「9」。ザ・テンプテーションズの「クラウド9(Cloud Nine)で祝おう。エディ・ケンドリックス、デニス・エドワーズ、オーティス・ウイリアムスと後年ソロでも活躍したヴォーカリストが顔を揃えていた時期の傑作(1969年モータウン盤)。「クラウドナイン」は、アップテンポで押してくるカッコいい曲。リードのボーカリストが交代で熱っぽく歌う。バックの音は厚くて、わざと楽器音を歪ませたり。プロデューサー兼作曲者のノーマン・ホイットフィールドが、この時期凝っていたサイケデリック感覚でアレンジしております。ボンボボンボン、のバックコーラスも楽し。ビリー・ジョエルに先を越されたけどハリウッド「Walk of Fame」のスターに認定されたロッド・スチュワート、1960年代のセッションを集めた「A Little Misunderstood」でも演ってる。ジョージ・ハリソンのは同名異曲ですね。


▲249打目は、6回センター前ヒットで、あと「8」。ザ・バーズ1966年のヒットは「Eight Miles High」。3作目「Fifth Dimension」からのシングルカット。邦題は「霧の8マイル」。アルバムタイトルは「霧の5次元」。サイケデリックって、霧のイメージだったのか?マシュマカーン「霧の中の二人」ってのもあったなあ。イントロのギター(ロジャー・マッギン)からして曖昧で浮遊した音階を奏でております。コーラスはまあ普通ですが。当時、ドラッグ体験を連想させると放送自粛する米ラジオ局もあったとか。

【本日のイチロー全打席】
sportsnavi.yahoo.co.jp/baseball/mlb/04season/players/ichiro/live/200409/ichiro040925.html
★★★イチローCOUNTDOWNサイト
www.major.jp/ichiro2/


Countdown (10 ) 恋の十戒
「イチロー、いちばんですねえィ」と、シアトル市民が日本語でTVインタビューに答えておりました。日本人の私としても、ここは大記録をリアルタイムで追うカウントダウンもので応援を。現在、257安打まであと10本だ。ドゥーワップ・グループ「ムーングロウズ」、1958年のヒットが「恋の十戒(The Ten Commandments of Love)」。噛み砕くように恋の道を説く有り難いスローバラード。「汝、ほかの者を愛すなかれ」とハナから守り難い文言が出てくるが、どうしたものか。この曲は、アーロン・ネヴィルが「ワニ、火を噴く」ジャケットの1981年兄弟盤(Fiyo on the Bayou)で歌っているし、メジャーデビューする前のボブ・マーレイのラフな録音盤(Trenchtown Days)など、そこそこにカバーされている。山下達郎の1人アカペラ(オン・ザ・ストリート・コーナー2)で聴かれた方もいるでしょうね。

★★★イチローCOUNTDOWNサイト
www.major.jp/ichiro2/

【今日のおまけ】
犬の(飼い主のための)十戒(音出ます)
www5.ocn.ne.jp/~select/Ten-Commandments.html
汝、叱られた時は反省の色を示すべし…猫の十八戒(音出ます)
www5.ocn.ne.jp/~select/Cat-Commandments.html


Silver メダルの変遷-2
銀メダルは9個になった。めでたし。で、「銀」の音楽は、ホレス・シルバーであります。1928年生まれ、ピアニストにしてバンドリーダー。自作の曲が素晴らしい魅力を放つ。1952年の初録音から25年間、1枚を除いてすべてブルーノートに入れた人だ。1962年1月に初来日。写真は、日本を気に入ったシルバーが、帰国後オリジナル5曲を書いて同年7月に録音したアルバム「ザ・トーキョー・ブルース」。「Too Much Sake」とか「Ah,So」なんて曲もある。翌1953年録音の「ソング・フォー・マイ・ファーザーは、アフリカ・セネガル沖にある旧ポルトガル領カボ・ヴェルデ(Cabo Verde/Cape Verde)諸島出身だった父親へのオマージュ。タイトル曲は、父や親戚がバイオリンやギターで奏でたカポ・ヴェルデの音楽を聞いて育ったシルバーが、家族への想いを託した名曲だ。 ●カボ・ヴェルデのアーチストといえば、女王セザリア・エヴォラが抜きん出た存在だ。私好みは、9人組グループのシメンテラ(Simentera)。全体に軽めでリラックスしているのがいい。このグループがホレス・シルバーの曲をアレンジして演奏したら面白いかもしれない。

【本日のあれこれ】
昨日の続き。オリンピックメダルにおけるニケ像、まず、1908年から。



1908年ロンドン大会。ニケは裏面、馬に乗るイングランドの守護聖人セント・ジョージの横に立っております。右手にはヤシの葉。下には聖人が退治したという竜がいる。1912年ストックホルム大会。ニケらしき像はなし(表はロンドン大会と同じ。女性2人が冠を授けているが翼がない)。1920年アントワープ大会。凛々しい男性選手の背後で、ニケは左手でトランペットを吹き、舞い踊っております。1924年パリ大会、ニケは表裏面ともおわしませぬ。1928年アムステルダム大会。ここで、初めてニケがコロシアムの前に座る像が登場。左手にシュロ(ヤシ)の葉、右手に冠。フィレンチェのジュセッペ・カシオーリという人のデザインだそうな。裏面は群集にかつがれて凱旋する優勝者の姿(この表裏デザイン定型は、1968年まで続く)。



1932年ロサンゼルス大会、カリフォリニアンなニケ。胸がふくよか?1936年ヒットラー政権下のニケ。強い意志を感じる顔。1948年ロンドン大会、髪がやや長く顔も柔和に。1952年ヘルシンキ大会、ニケが座っている場所の細かな絵柄が消えてしまった。1956年メルボルン大会、前回と変化なし。1960年ローマ大会。豪華なフチ付き。ローブの襞や腰掛けている場所のレリーフもくっきり。全体に描き直したのだろう。次回は、東京オリンピックから。

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