古今洋歌集

…力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をも哀れと思はせ、男女の仲をも和げ、猛き士の心をも慰むるは、それ歌なり。
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岩を祀る(2)
ピルグリム(巡礼)と岩をめぐる伝承は、イスラムにもある。

ただいま本年のラマダーン(RamadanあるいはラマザーンRamazan)中である
イスラム教圏、その総本山たるメッカに、特別な岩(石)が祀られている。
それが、カアバ神殿の外壁に嵌め込まれている「黒石」だ。

町野和嘉さんの写真展「メッカ巡礼」が吉祥寺で開かれており、そこで知った。
巡礼の様子が日を追って展示してあり、イスラム者にとって最大の儀式、
イスラムのヒジュラ暦 第12月に行われる大巡礼がいかなるものか、朧げながら知ることができた。


TIME A Pilgrim's Progress


黒石(ハジャル・アスワド Hajar Aswad)は、神殿の東南の角、高さ1.5メートルの位置にあり、
巡礼者が服で拭って接吻したり撫で回したりしたため、すっかり減ってしまった。
いまは周囲に大きな銀製カバーがつけられ、さらに樹脂で被われている(写真右)。
黒曜石のようだが、月からの隕石とも「神の指先」とも信じられている。
大巡礼はカアバ神殿の周囲を左回り7回巡回するが、この黒石が目印(起点)となる。
全体の大きさは、プリマスロックより小さい。岩でなく石か。

以下は、写真に付けられた説明と、写真集「メッカ巡礼」中、
ササイド・ホセイン・ナスルなる先生(ハーバードで哲学博士号取得)の文から。
クルアーン正史とは違うやも知れぬ。

この石の来歴は、さかのぼれば人類誕生の神話に行き着く。
人類の祖アーダム(身長39m)がハウワ(Hawa イブ)と共に天の国を追われたとき、
その楽園にあった石を持って地上に降りたのだ、との伝承がある。
もうひとつ、大族長イブラーヒーム(アブラハム)が、カアバ神殿を再建する際に
天使ジブリール(ガブリエル)から授かったのだ、との伝承もある。

カアバ神殿自体、アーダムにより「神の玉座」として築かれた館で、
アーダムの遺体を安置した墓所も、この地とされる。
追放後のアーダムは、ハウワと別にサランディブ島(セイロン)を経て
アラビア半島に着き、彼女と再会したのだ。ハウワの墓所は海辺のジェッダとされる。
その後、ヌーア(ノア)の洪水のとき、アーダムの遺体は水面に浮かび出た。
かの箱舟は神殿と遺体の回りを7周したのち、北方へ去った。



千年後、火でも焼かれぬイブラーヒームの一族が、伝承に登場する。
イブラーヒームが長男イスマーイールを犠牲に捧げんとした場所(旧約聖書では
アブラハムと次男イサク、モリヤの山)は、イスラム第三の聖地エルサレム(al-Quds アル・クドゥス)、
岩のドーム内にある「聖なる岩」(写真右)の上と伝えられる
さあ、ここでも「岩」の神話だ。

長さ18m、幅13.5m。平べったい岩塊で、写真では、さほど硬い岩ではなく見える。
だが、この岩の「聖性」は非常に強い。
なんせ、旧約聖書でソロモン王の第一宮殿があった地である。
世界が創られしとき基礎(Foundation Stone)となった原初の岩、楽園の庭にあった岩である。
アブラハムがイサク(イブラーヒームがイスマーイール)を屠らんとした地点である。
アーダムが天から降り立ち、ムハンマドが天に昇った、まさにその地点である。
そうした伝承の聖地点なのだ。

(いやいや、神がイブラーヒームの信仰を試したのはアラビア半島であり、
 一説にハッジの巡礼地であるミーナの谷、一説に現イエメン サビルの山との伝承もある )

ムハンマドの踵の跡(小さな祠が建てられ、モハンマドの鬚の入った箱もある)、
天使ジブリールの指の跡(ムハンマド昇天の折、岩も天に昇ろうとしたが、
天使が両端をつかみ力を込めて地に留めた)ありとの伝説も生まれた。
岩を削り取る輩が多いため、12世紀十字軍により保護柵がつけられた。
岩の下は洞窟で、死者の魂が集い祈る「魂の井戸」(Bir el-Arwah / Well of Souls)と
信じるイスラム者がいるという。伝説つきぬ岩だ。



さて、話戻って、神により救われ祝福されたイブラーヒーム親子はアラビアへ帰る。
そこで、神の平安(サキーナ)は風となり龍の形の雲を運び、神の友イブラーヒームをば、
聖なる丘へと導く。ここぞ、まさに洪水で埋もれたカアバ神殿の跡であり、
父と子は、大地を掘り、古き神殿を見つけるのである。

そこには、石があり、神の言葉が刻まれていた。
「我はバッカ(マッカの異名)の神なり、我は慈悲と愛を我が名とし創造した…」

が、この石は黒石ではない。
黒石は、天から落ちて来た(大天使ジブリールにより齎された)石で、
落ちて来た時はミルクのごとく白かったが、人間の罪ゆえに黒く変わったという。
黒石を神殿に据え置いた親子は、それからジブリールに導かれ、
人類最初の巡礼(ハッジhajj)をしたのである。


 (イブラーヒームが最初の礼拝をした「足跡」が石に刻まれている)


以上が物語のひとつだ。アラビアからエルサレムは、聖なる伝承なら一飛びだ。


現実の大巡礼では、「石」が重要な役割を果たす場面が、もうひとつある。
それが、巡礼最後に近く行う「石投げの儀式(ジャムラ)」で、
荒地で拾った小石を、ミーナの地で悪魔に見立てた3つの柱めがけて投げる。
正式には70個、写真で見ると小指大で危険な大きさではないが、
最も大きな石投げ場には毎年人々が殺到し、死者も出るほどに危険という。
ゆえに、多くの女性は男性に代理投げを頼むそうだ。



大巡礼(ハッジ)

この写真展で、いかにイスラムについて知らないかを知った。例えば以下。

・メッカに行き神殿で祈るのが大巡礼ではない
 メッカ・カアバ神殿は、大巡礼の始点かつ終点だ
 巡礼者は、巡礼月7日目までにカアバ神殿のある聖モスクに着くべし、とされる

・カアバとは立方体の意、縦12m、横10m、高さ14m、内部に3本の柱

・巡礼は、メッカから約10Kmの距離を往復する旅である
 そこで、アラファの荒野(アラファト)に行きコーランを読唱しアッラーを一心に
 念ずる、この行が巡礼の頂点であり、これ抜きにハッジは成立しない

・ハッジには、200万人の巡礼者がいて自動車バス等の大渋滞がある
 アラファの荒野をアラファトと呼び、アダムとイブが再会した地とされている
 標高約70mの山があり、ラフマ(慈悲)の山とも呼ばれる

・途中にミーナ(mina)の地があり、行きと帰りに、このテント村で宿泊する
 帰途、石投げ儀式の場も、ここにある。そのほか、ミーナでは犠牲を捧げ髪を剃る

・12日目日没までに、メッカの聖モスクに戻り別離のタワーフ(tawaf:7周巡回)をする


【本日のそのほか】
◆日本語でのハッジ記録…サイードのハッジ巡礼記

◆ソロモン王の財宝が眠る?…アブラハムの岩 伝説

◆聖地紹介サイト…ウィットコム先生のSacred Places、旅行ガイドSacred Destinations

◆楽園の石と19本の釘…「岩のドーム」内の別伝説。ドーム内部には、楽園の門に嵌め込まれていたとされる「碧玉の石板(スラブ)」があり、19箇所の釘穴があった。ムハンマドがエルサレムを訪れた際、金の釘を打ち「この釘がすべて抜かれしとき世界は無に帰する」と言い、天使ジブリールに守護を頼んだ。それを知った悪魔は長年のうち隠れて1本また1本と釘を抜いていったが、16本目を抜かんとした時に天使に見つかり追い払われた。ゆえに3本と抜きかけの1本が残った。この石は、1916年にトルコ軍により持ち去られ行方知らずと言う。この伝説はここから。

◆日本では熊野詣と那智の「黒石」石に浄土往生を願う

◆石の民話・エピソード…コラム Be Stone

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